吉増剛造,マリリア【葉書Ciné】#15「70年かけて机龍之助という虚無の化身のことをずっと考えていてとうとう不思議なことに思いあたりました…」2020.8.6(Quintafeira)

当動画の編集と運営は、書肆吉成とコトニ社が共同で行っています。

詩人・吉増剛造さんとシンガーソングライター・マリリアさんのgozo’s DOMUSというチャンネルで、 2020年4月30日より毎週木曜日に映像詩「葉書Ciné」をアップしています。

葉書詩 30 JUL 2020 吉成秀夫どの。
とおーーい、雄叫(おたけ)びの恐怖が、…上州からアメリカへと、棚引いていた。まさか、…、しかし、たしかに聞こえたのだ…。“月に吠える”から机龍之助の殺気へとAllen GinsbergのHowl(吠える)へと! ゴゾhi

The Old Poet Gozo Yoshimasu

Beyond these rivers
Tamagawa
Komagawa
a mysterious
hospital looms
it fades as you cross these rivers
Tamagawa
Komagawa
the herbage
in these rivers
calls
sometimes
a patient’s scream drifts down
the rivers
Tamagawa
Komagawa
gather cilia at night
fill their waters with black hair
This may be why I dream
Ah a fine smooth
curve cuts into this earth
a surgeon opens the door, having operated
on the universe
a swan hurt in its right wing
soars
above the beach
I dream of a
dark
eyed
microsome
ah
Tamagawa
Komagawa
for ages now
many madmen have lived
near Hachiōji and Asagawa
dreams are bried in basins and streams
Dryad
dark eyed microsome
from
Kamanashigawa and Ōtsuki
in Kōshu
where these rivers
Tamagawa
Komagawa
flow
the hospital looms
a child in his baseball cap sings
Kappa Trapper Cattail Swinger
Kappa Trapper Cattail Swinger

Translated by TAKAKO LENTO

「老詩人」(詩集『草書で書かれた、川』から)

多摩川
高麗川の
川のむこうに
不思議な病院がたっていて
川を渡ると
消える
多摩川
高麗川の
川に棲む
植物たちの
声がして
ときおり
病人の
叫び声がきこえてくる
多摩川
高麗川は
夜になると
繊毛が生え
黒髪でぎっしりいっぱいになる
夢をみるのは
そのせいらしい
ああ
この
地上に
ゆるやかな
美しい曲線の切りこんでくるのがみえるとき
外科医は
宇宙を手術して窓をあける
おそらく
瞳の
黒い
微粒子の夢をみるから
渚に
右翼の傷ついた白鳥の一羽舞いあがったりするのだ
ああ
多摩川
高麗川よ
昔から
八王子や浅川付近には狂人が多いといわれてきた
夢の
沈んでいる
盆地や小川がある
甲州の
釜無川や大月のほうから
やってくる
瞳の
黒い
微粒子の、木霊よ
多摩川
高麗川の
川がながれる
病院のみえるところで
野球帽かぶって
童(わらべ)は歌う
蛇籠(じゃかご)に河童(かっぱ)、猫(ねこ)じゃらし
蛇籠(じゃかご)に河童(かっぱ)、猫(ねこ)じゃらし

乃木坂倶樂部(詩集『氷島』より)

十二月また來れり。
なんぞこの冬の寒きや。
去年はアパートの五階に住み
荒漠たる洋室の中
壁に寢臺を寄せてさびしく眠れり。
わが思惟するものは何ぞや
すでに人生の虚妄に疲れて
今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。
我れは何物をも喪失せず
また一切を失ひ盡せり。
いかなれば追はるる如く
歳暮の忙がしき街を憂ひ迷ひて
晝もなほ酒場の椅子に醉はむとするぞ。
虚空を翔け行く鳥の如く
情緒もまた久しき過去に消え去るべし。

十二月また來れり
なんぞこの冬の寒きや。
訪ふものは扉を叩つくし
われの懶惰を見て憐れみ去れども
石炭もなく煖爐もなく
白堊の荒漠たる洋室の中
我れひとり寢臺に醒めて
白晝もなほ熊の如くに眠れるなり。