吉増剛造,マリリア【葉書Ciné】#4「貧しい、乏しい…」2020.5.21(Quintafeira)

当動画の編集と運営は、書肆吉成とコトニ社が共同で行っています。

詩人・吉増剛造さんとシンガーソングライター・マリリアさんのgozo’s DOMUSというチャンネルで、 2020年4月30日より毎週木曜日に映像詩「葉書Ciné」をアップしています。

注)

工場地帯からの風が煙りをまきこみながら/いつのまにか海の触手を象徴してゐる/ーー吉本隆明「海の手が都会を触れにくる」


『心に刺青するように』(藤原書店、2016)「井上有一の「貧」をひろった、……」がある。 蕪村の句に「月天心貧しき町を通りけり」がある。The moon at the heart of heaven / as I walk / through a slum.(W.S.Merwin and Takako Lento訳。吉増剛造『根源乃手/根源乃(亡露ノ)手』(響文社、2016、p102)


『根源乃手/根源乃(亡露ノ)手』(響文社、2016)に
「貧しさ、小ささ、限りなしだ、……。それでも、わたくしなりにこうして読むことができるようになって、……そうなったらもう、こうやって命ある限りまたうつしつづける、……乏しさの限りを尽くすようにして」(p50、太字は注制作者)

鯨の歯
鯨は古語でイサナ、アイヌ語でフンベという。
リボーンアートフェスティバル鮎川浜で鯨の解体があった『ユリイカ2020年3月号 特集・青葉市子』
吉増は亡き岡田隆彦の詩に鯨を発見した。大磯で過ごした海、あるいは仙台で過ごした川が岡田隆彦の胸にあったことに思い至り「鯨、疲れた鯨」 (『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』集英社、1998、p72) という詩句がうかんだ。
与謝蕪村「菜の花や鯨も寄らず海暮れぬ」
正岡子規は「わたしは、鯨はのそりとしたもので、勇壮というよりも、むしろただ厖大という感じがする」と言っている(『燃えあがる映画小屋』pp59-61参照)。
詩「石狩シーツ」に鯨。
葉書Cine#2 での富浦のアフンルパルは鯨を解体する場所だったという説がある。

若林奮
彫刻家。若林は東京・日の出町のゴミ処分場の建設に反対し、建設予定地を作品化。 吉増は「緑の森の一角獣座」と名づけた。
「道路ミチの遠近を忘れたり」『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』
「紫っぽい、vibratus【ラテン語[細かく動く]】ノ、ブリ(振)ちゃん」『天上ノ蛇、紫のハナ』集英社、2005
「エジプトと武蔵野の庭」対話・酒井忠康(『火ノ刺繡』p788)。
『剥きだしの野の花』(岩波書店、2001)の第三セクション 『オシリス、石ノ神』に「(若林奮)武蔵野の部屋に」がある。
『頭脳の塔』を入れる鉄と鉛の箱の作品 「LIVRE-OBJET」がある。 ゴミ処理場は、石狩の衛生センターとして詩「石狩シーツ」にも。

アロード・ジ・カンポスは 『燃えあがる映画小屋』(p23)に。
「ガローアの森」の全編は『燃えあがる映画小屋』(p38)に収録。ガローアについては『アーキペラゴ』の浅野卓夫さんの注も。

小津安二郎
『天上ノ蛇、紫のハナ』(p10)収録の「(彼岸からの)口笛」 東山千栄子 「貧しい、乏しい」としては、東山千栄子著『新劇女優』(学風書院、1958)に「病気と貧乏」という章がある。

藪前知子
キュレーター。札幌国際芸術祭2017では「火ノ刺繍ー『石狩シーツ』の先へ」を展示を企画した。同展では、石狩河口で「石狩シーツ」を吉増が朗読する映像作品《石狩の時間の皺皺皺皺…》が鈴木余位撮影・編集で公開された。ほか「石狩シーツ」の生成過程を知ることのできる生原稿、gozoCineによって構成。


詩「帰ろうよ」に「どす黒くなった畳のうえで」(『現代詩文庫41吉増剛造詩集』思潮社、1971、p21)
詩「シバ、椎葉」に「汚れ古びた畳、二、三枚、湖底に沈め、」(『オシリス、石ノ神』思潮社、1984)。
石川啄木のローマ字日記「養老院の古畳の上でもいい、/なんにも考えずに、(そのまま死んでも惜しくはない!)ゆっくりと寝てみたい!」(『NHKカルチャーアワー文学と風土 詩をポケットに(上)』日本放送出版協会、2002、pp79-80)
写真家・東松照明は伊勢湾台風で実家を全壊した。そのことがあり、東松は天草で民家を撮っている。吉増は『剥きだしの野の花』(p200)で東松の写真のなかに畳を見ている。伊東静雄を論じる 『NHKカルチャーアワー文学と風土 詩をポケットに(下)』(p92)でも東松写真に畳を見ている。
なお、天草は吉本隆明のルーツである。

カウベル
ジャズの名曲バド・パウエル「ウン・ポコ・ロコ」のドラムでマックス・ローチはカウベルを叩いた。

カチーナ・ドール
詩「石狩シーツ」には「アリゾナよ研山(ズリヤマ)よカチーナドール」のリフレインがある。『花火の家の入り口で』
”旅の伴、……”ネイティヴ・アメリカンのカチーナ・ドールお人形(ナバホ、ホピ――?造り手によって、姿、気配がまったくちがう、……。世界の終りを救いにやって来るという伝説のあるお人形、足裏に、作者のらしい筆跡で”fire boy”と記されている、……)『剥きだしの野の花』p92

吉本隆明には有名な詩「佃渡しで」がある。

霧といえば「頭脳の塔」。

「ガリーニャス・コリーニャス「皺の丘」――宇宙最古の湖を乗せて飛行していた」と「石狩シーツ」にある。

マリリアさんの唄う「ガローアの森」のポルトガル語詞。
As matas da garoa (24 de outubro de 1996)
Para Haroldo de Campos (23a. Bienal de São Paulo)

Passou pela minha cabeça palavra matas da garoa. O trinado dos pássaros que começaram a cantar (oka no ishitatami).

Quem será que sentiu o primeiro ar leve do planaito? Eu também tateio no topo do meu hagoromo. Galinhas…Colinas…nopoleiro dos sonhos. Queria também ta tear esse poleiro.

Os passarinhos que começaram a cantar ajuntam-se no galho. Uns trinta anos entender o rom da belissima lingua portuguesa…

Raios pequenos caem enfileirados na terra vermeiha. O termiteiro também

Abro um livro de poemas

e lá está:
“Como se uma flouzinha
Da zona polar sul
Fosse caminhando pelas latitudes
Até chegar aos continentes do verão

Passou pela minha cabeça palavra matas da garoa. O trinado dos pássaros que começaram a cantar oka no ishitatami.
Quem será que sentiu o primeiro ar leve do planaito? Eu também tateio no topo do meu hagoromo.
Galinhas…Colinas…nopoleiro dos sonhos. Queria também ta tear esse poleiro.
Os passarinhos que começaram a cantar ajuntam-se no galho. Uns trinta anos entender o rom da belissima lingua portuguesa…

ダ・カーポ

マリリアさんの唄のバックの音源は「On a summer day」。

On a summer day
The minute I got up this morning
I began to walk along the river
On a summer day

On a summer day
Incredible, incredible
A giant man I saw
On a summer day

On a summer day,
You, a lotus like a woman’s eye
Stupas washing their feet in the river
I saw
On a summer day

葉書詩の書き下し
吉成秀夫氏へ。14 MAY 2020
(葉書詩)この葉書は、”届きませんように、……”と呟やきながらも、しかしながら、何処か心の底に、……”物語から外されて死んで行くのが、とっても怖いのだ”という思いひそかにもっているのではないか、……吉成さんの御手紙を読んでいて、……”もっと、巨きくてつよいお心を、……”と呟やいてたのね……。もうひとつの傍(そば)の心に、僕は、いつも望みをかけている、……。
この”傍の心”はさ、「物語」より「嘘(ウソ)」に賭(か)けるのよね。そうなのよね。ゴゾhi